エンターメンターとして生きる、私の半世紀。

エンターメンターとして生きる、私の半世紀。
ENTERMENTOR ESSAY

エンターメンターとして生きる、私の半世紀。

文:岩崎こなみ
私は、“楽しむ事から人に寄り添う指導者”——エンターメンター。 「伝える」と「楽しむ」を両立し、人の心に届く関わりを大切にしている。

誰かの心が少し軽くなる瞬間や、「また頑張ろう」と思えるきっかけをつくること。それが、今の私の役割だと思っている。

でも——

そんな私の原点は、“楽しませる”とは程遠い、張りつめた空気の中にあった。

1981年9月14日。大阪で生まれ育つ。1つ上の兄がいる、4人家族。

小さな、古いアパート。冬は隙間風が入り、夏は蒸し暑くて眠れないような部屋だった。決して裕福ではなかったけれど、それが特別不幸だと思ったことはなかった。

ただ——
その家には、いつもどこか言葉にできない“緊張感”が漂っていた。

父と母は共働き。忙しい毎日の中で、母は家のこともこなしながら、父に気を遣っていた。今思えば、「機嫌を損ねないように」という空気が、家の中に自然と流れていたのだと思う。子どもだった私は、理由なんてわからないまま、ただその空気を感じ取っていた。

兄は、よく父に怒られていた。些細なことで怒鳴られ、その声は家中に響き渡った。

ドン、と何かが叩きつけられる音。
低くて強い怒鳴り声。

そのたびに、私の体は固まった。テレビの音も、外の車の音も、全部が遠くなる。ただ、父の声だけが強く、鋭く、耳に残る。

私は、息をひそめることを覚えた。

「ここにいないみたいにしよう」
「静かにしていれば大丈夫」

そうやって、自分の存在を小さく、小さくしていった。

「怒られないように」「機嫌を損ねないように」その気持ちは、いつの間にか私の中で当たり前になっていた。

父の足音、声のトーン、表情——。ほんの少しの変化で、「今日は大丈夫かどうか」を察知する。それが、日常だった。

不思議なことに、そんな家でも——父と母が喧嘩しているところを、私は一度も見たことがなかった。だから私は、「夫婦ってこういうものなんだ」と思っていた。怒鳴り声はあっても、ぶつかり合うことはない。それが普通だと、どこかで思い込んでいた。

でも——その“当たり前”は、ある日突然崩れる。

私が10歳の頃。それは、何の前触れもなく起きた。

父と母の喧嘩。最初で、最後の夫婦喧嘩。

それまで見たことのなかった光景。いつもは静かに気を遣っていた母が、感情をあらわにしている。父の声も、いつも以上に荒れている。空気が、いつもと違う。子どもながらに、「何かが壊れてしまう」と感じた。

その日の光景は、今でもはっきり覚えている。母は泣きながら、無言で荷物をまとめ始めた。

引き出しを開ける音。
ビニール袋が擦れる音。

そのひとつひとつが、やけに大きく聞こえた。そして母は、私たちに言った。

「一緒に行こう」

涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも必死に。

兄は、トイレにこもったまま出てこなかった。ドアの向こうで、どんな顔をしていたのかはわからない。でもきっと——私の前では見せたことのない涙を、一人で流していたんだと思う。

あの時の兄の背中は、今でも忘れられない。強がっているようで、本当は誰よりも傷ついていたのかもしれない。

母は父に、何度もお願いしていた。

「お願いだから、今日は子どもたちを連れて行かせて」

その声は震えていて、 でもどこか必死で、覚悟があった。

父は、すぐには答えなかった。怒りと、戸惑いと、焦り。いろんな感情が混ざった表情で、ただ黙っていた。

長い沈滅のあと——父は、ようやく小さく頷いた。その瞬間、何かが決定的に変わった気がした。

私は、ただその場に立ち尽くしていた。何が起きているのか、本当の意味では理解できていなかった。でも——

「もう元には戻らない」

それだけは、はっきりと感じていた。

こうして私は、母と兄と一緒に家を出た。向かったのは、母の姉の家。知らない場所ではないのに、その日はまるで別の世界のように感じた。

夜の空気は冷たくて、手に持った荷物の重さがやけにリアルだった。振り返ると、そこには今までの“日常”があったはずなのに、もうそれは、遠く離れてしまったように感じた。

この出来事が、私の中に何を残したのか。正直、あの時はまだわからなかった。ただ不安で、ただ寂しくて、ただ必死だった。

でも今ならわかる。

私はあの時から、“人の感情”にとても敏感になった。

空気を読むこと。表情の奥を感じ取ること。言葉にならない気持ちを察すること。それは、生きるために身につけた力だった。

そして同時に——私は強く思うようになった。

「こんな苦しい空気じゃなくて、もっと安心できる場所があったらいいのに」

「誰かが、笑わせてくれたらいいのに」

「少しでも、心が軽くなる瞬間があったらいいのに」

その小さな願いが、今の私の原点になっている。

だから私は、“楽しませる”ことを大切にしている。ただ楽しいだけじゃない。ただ教えるだけでもない。

人の心に寄り添いながら、少しでも前を向けるように導く。あの頃の私のように、息をひそめて生きている誰かに、「大丈夫」と伝えられる存在でありたい。

それが——エンターメンターとして生きる、私の原点である。

岩崎こなみ

PROFILE

岩崎 こなみ (Konami Iwasaki)

“楽しむ事から人に寄り添う指導者”=エンターメンター。自身の感受性豊かな幼少期の体験を原点に、言葉の奥にある真意や他者の感情を繊細に察知する対話アプローチを確立。一方的な指導ではなく、笑顔と安心感を交えた双方向の関わりを通じて、多くの人が自立し、次のステップへと軽やかに踏み出せるよう伴走している。

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