夜の自転車と、離婚届|家族の記憶

夜の自転車と、離婚届|家族の記憶

家族の記憶

夜の自転車と、
離婚届

母は相変わらず忙しい毎日を送っていた。

仕事をしながら、新しい生活の準備をして、
それでも兄と私に会いに来ることだけは、
一日も欠かさなかった。

今思えば、体も心も限界だったんじゃないかと思う。

それでも母は、私たちの前ではいつも笑っていた。


そんな毎日の中で、私にはひとつ、大きな楽しみがあった。

日曜日。

その日だけは、母と一日一緒に過ごせることが多かった。


たった一日。

でも幼い私にとっては、
その一日が一週間を頑張る理由だった。


朝から母に会えるだけで嬉しかった。

一緒にご飯を食べること。
一緒に歩くこと。
他愛もない話をすること。


そんな普通の時間が、あの頃の私には特別だった。


「今日はお母さんと居れる」

それだけで、胸がいっぱいになるくらい嬉しかった。


でも夜になると、また寂しさが戻ってくる。


母と別れる時間が近づくたび、心の中が苦しくなった。

「帰らんといて」

本当はそう言いたかった。
傷つけたくなくて、私はいつも我慢していた。

兄と2人きりの夜もあった。

家の中は静かで、テレビの音だけが響いていた。


私は寂しくて、夜になると涙が出そうになることがあった。

But兄は、そんな私の気持ちに気づいてくれていた。


兄は不器用だったけど、いつもさりげなく私を守ってくれていた。


私が寂しくて泣かないように——

兄は夜になると、私を自転車の後ろに乗せてくれた。


「チョコレート買いに行こか」

そう言って、近くの自動販売機まで連れて行ってくれる。


夜の風は少し冷たくて、
兄の自転車の後ろに乗りながら、
私は兄の背中にしがみついていた。


街灯の少ない道。
自転車のタイヤの音。
静かな夜の空気。

今でもその景色を覚えている。


そして兄は、私の大好物だったチョコレートを買ってくれた。


自動販売機で売っていた、250円もする6個入りのチョコレート。
当時の私には、すごく特別なお菓子だった。


決して安くはなかったと思う。
兄だって自由にお金を使える年齢じゃなかった。
それでも兄は、私のために買ってくれていた。


私はそのチョコレートを、大事に大事に食べていた。


甘い味と一緒に、安心する気持ちが広がっていく。


兄は多くを語る人じゃなかった。
「寂しいな」とも、「大丈夫か」とも言わなかった。


でもあの夜の自転車や、チョコレートには、
兄なりの優しさが詰まっていたんだと思う。


今思えば、兄もきっと寂しかったはずだ。不安だったはずだ。

それでも兄は、妹の私を安心させようとしてくれていた。


私は子どもの頃、母だけじゃなく、兄にも守られていた。


あの頃は当たり前すぎて、気づけなかった。
大人になった今ならわかる。

人は、大きな言葉じゃなくても、
小さな優しさで、誰かを支えているんだということを。

たまに父も早く帰ってくる日もあった。

そんな日は、久しぶりに3人で食卓を囲む。

でもその空気は、昔のような"家族団らん"とはどこか違っていた。

静かで、ぎこちなくて、みんな何かを我慢しているような空気。
テレビはついているのに、誰もちゃんと見ていない。
食器の音だけが、やけに大きく聞こえていた。


私はその空気が苦手だった。
どう話していいのかわからなかった。
笑っていいのかもわからなかった。


父もきっと、どう接したらいいのかわからなかったんだと思う。

前みたいに普通にしたい。
でも、もう前とは違う。
そんな空気が、家の中にずっと流れていた。


食事をしながら父は突然、私たちに聞いてきた。

「ママと別れてもいいか?」


私は必死に大きく首を振った。
嫌だった。別れてほしくなかった。
また4人で暮らしたかった。ただ、それだけだった。


兄も何も言わなかった。でもきっと、同じ気持ちだったと思う。


父は何も言わず、少し悲しそうな顔をしていた。
今思えば父も、どうしていいかわからなかったのかもしれない。

強く見えていた父も、本当は苦しかったのかもしれない。

ある日、私は見つけてしまった。

父と母の離婚届。


それは、私たちが生まれた時の写真が入った額縁の裏に隠されていた。


幸せだった頃の家族写真。
まだ何も壊れていなかった頃の笑顔。
その裏側に、離婚届が隠されていた。


子どもだった私には、その光景があまりにも衝撃だった。


幸せそうに笑う家族写真と、"離婚"という文字。
そのギャップが、幼い私の心には重すぎた。


そこには、母のサインが書かれていた。


その瞬間、私は悟った。

「あぁ、お母さんはもう戻らへんのや」


ずっと信じていた。
また4人で暮らせるって。
これは一時的なことだって。


でも、母の名前を書かれたその紙を見た瞬間、
現実を突きつけられた気がした。


胸の奥が、スーッと冷たくなる感覚。


悲しいのに、なぜか涙は出なかった。

ショックすぎて、感情が止まってしまったのかもしれない。


ただ、現実を理解したくなくて、その紙から目をそらしたかった。


子どもの私は、「離婚届」の意味を全部理解していたわけじゃない。
でも——

"家族が終わる紙"なんだということだけは、わかってしまった。


すると父は、その離婚届を私たちの前で破り捨てた。

ビリッ——

紙の破れる音が、静かな部屋に大きく響いた。


私はその音を聞きながら、どこかホッとしていた。

「これで戻れるかもしれない」

子どもの私は、そう思いたかった。

今思えば父は、私たちが「嫌だ」と言うことをわかっていて、
聞いていたのかもしれない。

止めてほしかったのかもしれない。
家族を失う現実を、まだ受け止めきれなかったのかもしれない。


父も母も、きっと私たちの見えないところで、
何度も何度も話し合っていたんだと思う。

怒った日もあったと思う。
泣いた日もあったと思う。
言い合いになった日もあったと思う。


それでも、簡単には答えを出せなかったんだと思う。

"家族を終わらせる"という決断は、大人にとっても簡単なものじゃない。


でも子どもだった私は、そんな大人の事情なんてわからなかった。

ただ——「家族が離れていく」その寂しさだけを感じていた。


私は、ただ元に戻ってほしかった。
昔みたいに、みんなでご飯を食べて、
母がいて、兄がいて、父がいて、
そんな普通の毎日に戻ってほしかった。


でも人生は、一度変わり始めると、元通りには戻らないこともある。


幼い私はその時初めて、
"当たり前は当たり前じゃない"ということを、
少しずつ知り始めていた。

岩崎こなみ

PROFILE

岩崎 こなみ (Konami Iwasaki)

“楽しむ事から人に寄り添う指導者”=エンターメンター。自身の感受性豊かな幼少期の体験を原点に、言葉の奥にある真意や他者の感情を繊細に察知する対話アプローチを確立。一方的な指導ではなく、笑顔と安心感を交えた双方向の関わりを通じて、多くの人が自立し、次のステップへと軽やかに踏み出せるよう伴走している。

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