14歳で始まった僕のキックボクシング人生と、辞めなかった理由

14歳で始まった僕のキックボクシング人生と、辞めなかった理由
14歳の中学三年生。元々ボクシングが好きだった僕は、同級生に誘われたのをきっかけにこの道へ足を踏み入れました。
■ キックボクシングという競技
キックボクシングは、非常に過酷で多様な技術が求められる競技です。
- パンチ
- キック
- 肘打ち
- 膝蹴り
- バックブロー
- 首相撲(首を掴んでの膝蹴り)
ルールはムエタイに近いですが、採点基準は大きく異なります。このあたりの深い話は、また別の機会に。
■ 最初のジムと、師との出会い
初めて通ったジムは、家の中をぶち抜いたような場所で、お世辞にも広いとは言えませんでした。汗の匂いとミットの音が響く空間に、最初は正直「少し怖いな」と感じたのを覚えています。
そこで出会ったのが、師匠である高嶺幸良会長でした。会長の動きは本当に格好良くて、「こうなりたい」。それが僕の原動力のすべてでした。
■ センスがあったわけじゃない
僕は特別格闘技に向いていたわけではありません。同時に始めた同級生の中には、僕より強い選手が普通にいました。対人練習ではやられ、ローキックを蹴られてまともに歩けない日も何度もありました。
■ 辞めなかった3つの理由
痛くて、しんどくて、悔しい。そんな日々でも続けていたのは、3つの想いがあったからです。
- 憧れ:高嶺会長のような動きができる男になりたい。
- 闘争心:やられたら、絶対にいつかやり返す。
- 純粋な「好き」:ミットを叩く音、できることが増える感覚、そして「戦う」という非日常の緊張感。
■ 気づけば残っていた
気づけば、一緒に始めた仲間はいなくなり、最後まで続けていたのは自分だけでした。そして今、プロになってリングに立っているのも僕一人です。
それは僕に才能があったからじゃない。
ただ、続けてきただけ。
SUMMARY
格闘技は、リングの上でほぼ裸の状態で、体一つで殴り合う競技です。負けたときは、「お前はこいつに、一人の男として負けました!」と残酷に突きつけられます。
誰のせいにもできない。でも、その厳しさこそがこの競技の魅力であり、最高の面白さだと思っています。
――僕のキックボクシング人生は、ここからスタートします。
兵庫 志門(ヒョウゴ シモン)
Professional Kickboxer 所属のプロキックボクサー。14歳でキックボクシングを始め、師匠である高嶺幸良会長のもとで技術と精神を磨く。「継続」を武器に過酷なリングに立ち続ける。
PLAYER PROFILE
